2018.8.26 日曜日 午後4時

しずこさんの誤算は現役で死ねなかったことだ。
84歳で引退するまでの彼女の人生は生き生きと輝いていた。

インドにタイに海外に赴き
高級な布や衣料をばんばん仕入れて売っていた。

わたしも同じような仕事をしていたが
彼女とコラボすることはなかった。
あまりにも趣味が違っていた。

ぼくはぼくで仕事もうまいこと行っていたし
お互いに興味もなかった。

孫に対しても
自分の都合のいいときだけかわいがってくれた。
ちょっと預かってもらう、と言うこともなかった。

長女が4歳の時、
一度だけ、タイに行くときに
5日間預かってもらったことがあった。
その時も、大変だったらしく
帰国後、いかに大変だったかを
さんざんに言われて
これは無理だと思った。

それでも彼女が仕事をしているときは
週に一度、一緒に食事をとる以外は
あまり会うこともなく
彼女も忙しそうで、お互いに
程よい距離感で生活していたので
それほど問題もなかった。

いろいろなトラブルが起こり始めたのは
彼女が仕事を辞めてからだ。

彼女は仕事以外、ほとんど趣味と言うものがなかった。
ロミオをやっていたころは
先生、先生と呼ばれてちやほやされていた。

なんで服屋なのに先生なんだろう?と
小さいころから不思議だった。

仕事を辞めてから
誰も訪ねて来なくなった。
それでも最初のころは来客があったが。
次第に一人ばっちになっていた。

市の主催する絵手紙講座に習いに行くことになった。
それは楽しんで行っていたのだけれど
いつも

わたしはへたくそなの。
一番劣等生なの。

と言い続けるので


下手も上手もないよ。ただ楽しんで描けばええやんか。


と言っても
毎回、劣等生でへたくそで。と繰り返す。

絵手紙はへたがいい、と
彼女の持ってきたテキストに、そう書かれているのであるのだけれど。
それを行っても

誰々は上手で、私は下手でと

もう、どうでもいいわ。その話は。と言うくらい繰り返す。

どうも、彼女は 
「すごい上手!」と褒められたいのだ。と言うことが分かった。

もちろん僕らはもってくる絵をけなしたことはない。

いいやん!かわいい!と精いっぱい褒めても

満足してもらえない。


すごくコンプレックスがあるんだな。と思った。

それでも仕事辞めた当時は

こちらもなるべくしずこさんに声をかけて
晩御飯を一緒に食べることもあったのだ。
週に2回くらいはいっしょに食べた。
そのころはまだ車も運転していたので、
突然、訪ねてくることもあった。

不意打ちをくらったように
ぼくらは固まった。

別にいいんだけれど
自分の親なのにすごく緊張した(笑)

 

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今日は病院見舞いは休み。
休みといえども
いろいろ仕事もあって
平日業務と変わらない。

しかし、水曜日、以降はどんな生活になるのだろうか?
まったく予想がつかない。
パソコンをロミオに運び込んで
モバイルwifiと契約した。
ロミオでも仕事できるようにはした。

明日はいよいよ
ケアマネさん、相談員さん、お医者さん、看護師さんを
交えてのケアプランを立てる。
エアベッドも借りて運び込んでもらう。


看取り日記