【home】【お買い物へ】【news+event】【profile】【holiday】【trip】【link】【map】
![]()
![]()
病気
![]()
ペスト1996年
OUTBREAKという映画を見たことがあるだろうか?
猿を媒介とした伝染病が次々にひろがり、
人がどんどん死んでゆく恐ろしい映画だった。
それと似たようなことがインド旅行中におこった。
デリーに仕入れに来ていた。
バザールの中の安宿に泊まり、毎日仕入れをしていた。
その頃からインド人たちは西へ行ってはいけない、と言い始めていた。
なんでもPLAGUEという病気がインドの西、ラジャスタン州のほうで流行っているらしい。
その時はふーん、と思って他人事だったけれど
テレビでも新聞でも報道されるようになった。
PLAGUEがペストだというのを知ったのはしばらく後だった。
ペストの患者は次第に増えつづけ、
ぼくらが次に訪れる予定にしていたジャイプールにまで広がった。
新聞のトップ記事は毎日ペストの拡大を報道していた。
ぼくも辞書と首っぴきでペストの傾向と対策を調べた結果、
ペストはねずみと媒介として人に移り、
感染すると咳が出てその咳に混じったペスト菌がまた人にうつる。
ということが分かった。
つまり空気感染ということだ。しかも感染力は強いそうだ。
中世のヨーロッパでは人口の3分の1がペストで死んだそうだ。
ぼくらはジャイプールに行くのをやめた。
しかしバンコクに戻るにも飛行機は期日指定の予約変更不可のチケットなので
しばらくデリーで様子を見るしかなかった。
数日後ついにデリーにもペスト患者が出た。
インド人たちはみんな覆面のようなマスクで口を隠し、
家の軒先にはペストよけのまじないみたいな
とうがらしのようなものが吊り下げられた。
最初は患者数が二桁の数字だったのが
次の日には百何十人になり、
その翌日は5百何人になり次の日は千に迫り・・
という風にデリーの感染者は
毎日うなぎのぼりに増えていった。
ついに学校や映画館が閉鎖になった。
ぼくらも人の咳に敏感になった。
外出も控えることにして窓から通りを眺める毎日であった。
それにしてもぼくらの泊まっている宿は汚いバザールの中にある。
もちろんねずみもたくさん住んでるに違いない。
言うなればもっとも感染する確率の高い地区とも言える。
そうしてこの先どのくらいペストが広がってゆくのか・・。
窓の外を行き交う人たちがある日突然バタバタ倒れたらどうしよう・・。
そんなことを想像するとゾットしないでもなかった。
しかしこの時点で患者数は約5000人として
デリーの人口は約5百万人とすると感染率は0.1%である。
そのうち死者は約50人。死亡率は百万分の1だ。
なんや宝くじで1億円当たるのに近い確率やんか。
と思って安心したりもした。
しかしいつその確率が跳ね上がるかもわからない。
これが人類絶滅のプロローグだったりして・・。
ノストラダムスの大予言が脳裏をよぎった。
しかし大事に至ることなく飛行機に乗る日が来た。
丁度その前後から航空会社は
次々とデリーへのフライトをキャンセルし始めていた。
ぼくらは運が良かった。
デリーの空港には医師がいて、
出国者一人一人に熱は無いか咳は無いか、と問診していた。
バンコクにつくと飛行機のドアの所にも医師が待機していて同じことを聞かれた。
検疫官のおばさんは顔をそむけてぼくらと同じ空気を吸わない努力をしながら
何か会ったらすぐ病院で検査を受けてください、
というビラを配っていた。
ほんと仕入れも検疫官も命がけである。
ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨどを伴う急
ぺスト 中世の欧州で大流行を繰り返し黒死病とも呼ばれた。
リンパ節炎,敗血症等を起こし,
重症例では高熱,意識障害などを伴う急性細菌感染症であり,
死に至ることも多い。
臨床的に腺ペストと肺ペストの2型に分類される。
日本では大正8年横浜市で発生した8例を最後に現在まで発生していない。