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暴動1

スリランカ

インド

【ネパール】

【バンコク】

【ご教訓】

 

今まで色んなところで暴動騒ぎがあった。

日本に住んでると暴動なんて全然関係の無い話のみたいですが

政情不安定なアジアの諸国ではいつなんどき暴動がおきるか分かりません。

暴動が起きるとたいていの国では

CURFEW(カーフュー:外出禁止令)が発動されて一般人は外に出られなくなります。

家の中でおとなしくしていればたいてい安全なのですが

問題は食料と退屈と不安感です。

スリランカの人種抗争1980年ころ

最初の暴動にあったのはスリランカのコロンボであった。

YMCAに泊まっていたのだが朝起きると宿の人が

「今日はカーフューだから外に出てはいけない」と言う。

【カーフュー?なにそれ?」

スリランカにはシンハラ人とタミール人の二つの人種がもう何百年も抗争を続けている。

2001年の今でさえ終結していない。詳しくはここをクリック

その抗争が激しくなりかけたのがちょうどこの頃であった。

 

そういえば朝起きた時から普段騒々しい町が異様に静かだった。

スリランカ人はみんな知っていたみたいだがこっちはそんなの初めてだ。

5階の部屋の窓から外を見ると街角には兵隊が何人か立っているだけでがらんとしている。

まるで核戦争か何かで滅んでしまった街みたいだった。

外に出られないと言うだけでYMCAには食堂もあってご飯も食べられたし

体育館もあって気楽なものだった。

それよりもなんか日本ではとても体験できない

生の歴史の現場に居合わせているというというので少し興奮した。

外出禁止令はその後24時間から夜間12時間になりやがて全面解除になった。

インデラガンジーの暗殺1983年

次に暴動に遭遇したのは南インドのバンガロールという街であった。

インドの女性首相インデラガンジーが暗殺されインド中が騒然となった。

丁度ぼくは知りあいの家に厄介になりに玄関に入った途端、

そこの奥さんが大あわての様で叫んだ。

「たった今、インデラガンジーが暗殺されたのよ!

町じゅうでヒンズー教徒とイスラム教徒が殺し合いをしているわ!

今から家をでてはいけないわ!」

それから3日間の外出禁止となってしまった。

そのころはインターネットはもちろん無く、

テレビもニュースと教育テレビみたいなのが1チャンネルくらいしかなくて

頼るのは英字新聞の情報くらいだ。それもそんなに読めるわけではないが

インドでは大体暇なので時間だけはたっぷりあるので

辞書と首っ引きで新聞を読んでいた。それでも30%くらいしか理解できない。

多くは人のうわさ話が情報源だった。

デリーでは列車はほとんど運休し交通機関は完全マヒ。

各地で焼き討ちや略奪が起こっているらしかった。

暴動なんぞどこ吹く風とお金持ちの知り合いのお宅に居候させてもらい、

当時のインドではまだ珍しかったビデオ鑑賞をしていた。

でもこれが街中とか移動中の列車の中とかだったらと考えるとぞっとしないでもない。

このときほど幸運に感謝した事はない。

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