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最終更新日2008.11.08

 シャンバラとは・・・

チベットの伝説の上でのシャンバラはヒマラヤの山中に人知れず存在する桃源郷です。

20世紀最大の神秘思想家グルジェフや、ロシアの画家ニコライレーリッヒ、

そしてヒトラーまでもその存在を信じ探索に出かけたと言われています。

地球空洞説というトンデモ理論が昔あって、それによるとシャンバラは、地球内部の空間の

中心にあり、世界の聖地とリンクしていて、霊的なエネルギーの根源とされているそうです。

UFOだってシャンバラから飛んできているのだそうです。

日本では京都の鞍馬寺にシャンバラの入り口があるそうです。

そしてもう一つはそう・・・あなたが読んでいるこのホームページのシャンバラの

お店の試着室あたりからリンクしてるかもよ?試してみて。

 

shopシャンバラ

歴史

1990

11月15日

シャンバラオープン!

三重県伊勢市初の本格的海外直輸入型のエスニックショップとして
市民の期待と注目を集めることなく伊勢神宮外宮参道にひっそりとオープンしました。

90年代は実店舗とフリーマーケットやバリ展など展示会を中心に営業活動を行ってまいりました。

90年代後半から2000年にかけてはお店が一番活気があったときです。
若者を中心にお年寄りまで幅広い年齢層のお客様でにぎわいました。

 

2000年    

4月


インターネットのお店webshop shanbaraをオープンしました。

2000年を境にシャンバラのあった駅前は大型店の撤退とともに衰退しはじめ
ネット販売が 好調の兆しをみせはじめました。

11月11日

シャンバラ10周年記念イベント「シャンバラまつり」を開催。  @伊勢内宮奥 高麗広公民館

長年、音楽イベントを主催するのが念願でしたが、
10年目にして開催することができました。

2002年 11月3日


アジア音楽のイベント「森のまつり」開催。  @伊勢内宮奥 高麗広公民館

シャンバラまつりをさらにパワーアップしたイベントでした。

この後、極度の疲労のため、痔で入院手術。

2003年 7月26日


「森の夏まつり」開催 @伊勢矢持町 平家の里

痔のキズも癒えぬまま?調子にのってわずか7ヶ月後に開催

 

2004年

5月22日
「アジアな5月の音楽会」開催 @伊勢河崎商人館 角吾座

7月16日
菊花ビル2Fより1F路面店引越し、リニューアルオープン。
10月10日
「森のまつり」開催 @伊勢矢持町 平家の里

 

2005年

3月20日
「カブール ライブ」主催 @伊勢 河崎蔵

5月4日


「caracoto」開催@伊勢河崎商人館 角吾座

「からだとことば」をテーマに、まつりとはまた違った形態のイベントを開催。

9月


河崎商人館に一坪ショップを開店〜'07まで続く。

イベントがご縁で商人館にお店を出店させていただきました。2年間お世話になりました。

10月21日ー23日


mikxpo'44開催 @伊勢河崎 南町の家。

アーティスト?「中村ミキ」としての初の個人イベント。入場者300人超。

2007年 3月25日


DORAまつり開催 @伊勢矢持町 平家の里

大事な友達であり、民謡歌手でもあったDORAちゃんの追悼イベント。

4月


合同会社シャンバラ設立。個人営業であったのが会社組織となりました。

7月26日


HALKO LIVE 主催 @伊勢二見町 賓日館

二見の浦の格式ある旧「朝日館」の豪華な大広間で
歌手の桑名晴子さんのライブを主催させていただきました。

2008年 5月4日

森のまつり開催 @伊勢矢持町 平家の里

村が交通渋滞を起こすほど、お客さんがつめかけ大盛況でした。
伊勢のウッドストックと呼ばれたほど、大好評を博しました。

10月24日

シャンバラ外宮参道店 閉店

シャンバラ直営、という形での営業はおわりました。

元スタッフのえっちゃんがオーナーとなり、12月1日よりあたらしい
シャンバラ外宮参道店がスタートいたします。

シャンバラが主催したいろいろなイベントのページ←クリック

シャンバラ代表

シャンバラ代表 中村ミキ

1960年生まれ いて座

1980年 インド・ネパール・タイ・スリランカ・モルジブを7ヶ月に渡り旅行する。
以降 10年間 、真珠販売員兼旅行者として日本とアジアを往復。
アジア各国のデパートで真珠販売をする。

1990年シャンバラを創業。

趣味/読書・旅行・散歩・カメラ・空想・ガーデニング・日曜大工・サイクリング・キャンプ・ショッピング

   寺社仏閣遺跡めぐり・音楽鑑賞・お絵かき・パソコン ・ミシン掛け・建築物鑑賞・人間観察

 

シャンバラの写真

2004年

1990年-2003年 2階にあった旧店舗



お店の入り口 お2階へどうぞ

   

シャンバラの目標  中村ミキ  
        
      

みんなが笑えるように。(2008年11月)
この仕事を始めて、一番大きな転換点を迎えているのかも知れない。

営業的には実店舗の経営から手を引き、

ネット販売により力点を置いていく方向に舵を切った。

 

ネットのいいところは全国区であるということだ。

時間的、空間的な制約がなく、

商品を通じて、またこういったコラムを通じて シャンバラの想い がより多くの人に伝えられる。

しかし、ネットの弱点は

人と人のつながりとして考えると、どうしても希薄になりがちなことである。

 

実際に店舗を構えているのは「実店舗」というのならば

ネットのお店は「虚」の店舗なのだろうか。

実際、ぼくが書いているこのコラムの実態と言うのはどこにあるのだろうか?

削除と言うが、削除した文章や写真はいったいどこへ消えてゆくのだろうか?

粉々になった文章や写真の破片がネットの海を漂っているのだろうか?

虚の店舗から商品が送られて来るなんて、なんてミステリアスなんだろう。

しかし、実と言うから虚が出来るわけであって

それは右と左、上と下、プラスとマイナスという言葉だけのことである。

表面(オモテメン)だけのコインなんて存在しないし、

だれもお金払う時に、コインが裏か表かなんて気にしないだろう。

販売形態がかわっただけ。ただそれだけのことだ。

 

ネットでお店を始めて8年目になるが

顔も年齢も職業も知らないお客様でも

長いお付き合いを通じて、とても深くつながりあえている方もいらっしゃる一方、

顔も年齢も職業も知っていて、会えば挨拶くらいはするけれど、なんの心も通じ合えない

「ただの知り合い」もこの「実社会」には大勢いるわけである。

 

ぼくは単にモノを売るだけのことで自分の仕事を終わらせたくはないし

モノを売ってより多くの利益をあげることが最終目標でもない。

もちろん、ぼくはシャンバラの服、アジアの服やアクセサリーが大好きだ。

完璧でなく、規則や伝統に縛られていない自由な発想が大好きだ。

モノを通じて、そういう、自由さや奔放さ、

「もっと自由になんでも好きなことをやっていいんだよ」ということを

伝えていけたらいいな。と思っている。

 

それでも、モノを売っているだけではモノ足りなくて

これまでいろんなイベントを開催してきた。

ぼくが最初に「まつり」を始めたのは

自分で行きたいイベントや聴きたいライブが伊勢にはなかったからである。

ならば、自分でやってみよう、と何にもわからずに初めて

回を重ねるごとに徐々に参加者も増えて来て、質量ともにパワーアップしてきた。

もちろんたくさんの人々の協力と手助けがあったから出来たのだけれど。

最近は伊勢近辺でも「まつり」も増えたし

面白いライブやイベントも増えてきて、ちょっと盛り上がっている状況で

ぼくが手がけてきた「まつり」も多少は貢献できたのかな、とひそかに非常に満足している。

みんなどんどんいろんなイベントを企画して街を面白くしてほしいものだ。

 

「まつり」はまた今後も続けて行くかもしれないが

次のステップとして考えているのは「シャンバラ学校」だ。

ぼくはもっといろんな事を知りたい、学びたい。

しかし、そのチャンスが今はあまりにも少なすぎる。

 

学生のころは勉強がとても嫌いだった。

でも大人になってからもっと学びたい、と思うようになった。

絵や音楽や踊り、ヨガ、瞑想、話し方、

コミュニケーションの方法、世界のこと。

いろんな人の体験談を聴いて学びたい。

本格的にやるのは

お金も時間もかかってなかなか大変だけれど

ちょっとだけかじる程度。

そのきっかけとなる場がほしい、と思った。

でも、そんな都合のいいところは周りを探してみてもない。

ないならば、自分でつくろう。

 

きっとぼくと同じように

いろんな事を知りたい、学びたい、

と思っている人は多いはずだ。

そういう学校を作りたい、と今は思っている。

 

その中から自分でも知らなかった才能が芽生えてくるかもしれない。

もっとたくさんの発想や才能が芽生えれば

きっと毎日が「まつり」になりそうだ。^^

 

 

働きながら遊び・遊びながら働く(2004年3月)



40代も半ばにかかり、苦しいと思っていた働くことがそれほど苦ではなくなってきた。

ネットショップをオープンした4年前と今とでは今のほうが当時の3倍くらい忙しいけれど

それでやっと世間並みに忙しくなった、とも言えるのだけれど、

さほど苦とも思わずまいにち忙しくしているのはどうしてだろう?

 

仕事を「労働」と考えるとハードな気分になるが、「遊び」と考えるとすこしは気分がまぎれる。

仕入れに行って商品を真剣に選んでいるのと

CD屋に行って好きなCDを真剣に選んでいるのとどっちが仕事なんだか?

実は遊びと仕事の接点はかなり大きいのかもしれない。

仕事する一番の目標は「生活を楽しくするために」であるはずだ。

いくらお金が儲かっていても、毎日気分の悪くなることばかりの生活では本末転倒である。

 

しかし、生活するためには「お金」が要る。

生活を維持するだけのお金を稼ぐのにも四苦八苦している人も大勢いる。

しかし四苦八苦というのも本人の思いようかもしれないし

そもそも四苦八苦の原因を作り出しているのは自分自身だったりすることも多い。

四苦八苦の原因物質はというと「欲望」ではあるまいか。と考える。

「欲望」が悪い、といっているのではないよ。

「欲望」なければ人類は滅亡する。でも「欲望」が膨らみすぎても人類は滅亡する。

今の時代は「欲望」が膨らみすぎているのかもしれない。

まさに「千と千尋の・・」『顔なし』だ。

しかい「顔なし」だって実はそんな悪い人じゃない。

悪いのは欲望にしがみつくことか?

しかし、しがみついたおかげで大成功して幸せになったことだってたくさんある。

そう考えると物事の善悪っていうのは相対的でいいかげんなものだ。

 

「世の中は金やけど、人生は金やない」とユキちゃんは言っていた。

かねもちでも不幸な人は大勢いるし

びんぼうでも幸せな人も少なからずいる。

かねもちで幸せなのにこしたことはない。

少なくともスーパーで値段気にせずに商品を買えるくらいの

かねもちでいいから。

かねもちになるには多大な労力がいるにが

幸せになるには労力も金もいらない。

 

それにはどうすればいいか?

一番簡単な方法は笑ってしまうことだ。

笑うことは免疫力アップにもつながること科学的にも証明されている。

健康にもいいんだって。

笑えない人がいれば、行って笑わせたい。こちょばせてあげたい。

ひとりで笑うよりもなるべくたくさんの人びとと笑っていたら

そのほうがもっとおもしろそう。

それが遊びでありこれからのシャンバラの仕事になるといいな。^^

 

よく遊び・よく休め(2000年6月)

 

飽き性で今まで50を超える種類の色々な仕事をやってきたが、

この仕事を除いて3ヶ月以上つづいた仕事はなかった。

真珠屋の仕事も3年間やったが3ヶ月ごとに1〜2ヶ月の休みがあったからこそ続いた。

だからほんと言うと商売だって「これが天職だ!」と思ってやってる訳ではない。

朝早くから夜遅くまで休みもなく商売なんてもってのほかだ。

でもエスニックな服や雑貨は大好きだ。買い物も大好きだ。

沢山人が来てくれて、沢山売れると嬉しい。

商売嫌い、と言いながらエスニック雑貨を売る商売をしているのはなんとしても矛盾である。

そんな矛盾を抱いて10年以上もやってきた理由のほとんどは

これ以外には何も出来ないというところにある。

サラリーマンにはもっとも不向きだし、芸事で生活してゆける才覚もない。

一番向いてるのはホームレスな生き方かも知れないが、

あれはあれでハードな人生だとおもう。

やっぱりなるべく楽な方がいい。

そんなことを総合して考えるとアジア雑貨商売のカードしか、僕の手元に残らない。

休み無く必死で働くのは苦手であるが、色々工夫して店作りを考えたり、お客さんとお話ししたり、

喜んでもらえたりするとシャンバラをやっててよかったなぁ、とつくづく思う。

 

 


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